在日朝鮮人の日本国籍

高川 憲之

現在韓国と北朝鮮に分断された朝鮮半島は、かつて日本が侵略し「大日本帝国」に併合された歴史を持つ。1910年に日本は朝鮮(当時大韓帝国)を併合し第二次世界大戦敗戦までその植民地支配を続けた。この間、朝鮮人は朝鮮民族を否定され、日本人、つまり「帝国臣民」の扱いを受けた。当時、植民地を「外地」と呼び、日本国内を「内地」と呼んだ。ところが、同じ「帝国臣民」でも、日本人の「内地戸籍」とはっきり区別された朝鮮人の「朝鮮戸籍」が創設された。

「外地」と「内地」の人の往来は自由だったにも関わらず、「朝鮮戸籍」を「内地」に移動させることは禁じられていた。しかし、婚姻や養子縁組、認知などの身分変更時には戸籍が移動させられた。例えば、日本人女性が朝鮮戸籍の男性と結婚すると、その女性は朝鮮戸籍に移った。しかし、現実には帝国臣民たる日本人に変わりはなかった。

日本の朝鮮支配に伴って、朝鮮の自分の土地を奪われた人などが日本に出稼ぎに行く様になったり、特に戦争の度合いが激しくなるに連れ、徴兵や強制連行されて来た人達で、1944年の「内地」には200万人近くの朝鮮人がいたといわれている。

図2−1を見ると、いかに戦争中に沢山の朝鮮人が日本に連れた来られたかがわかる。およそ100万人もの朝鮮人がこの期間に日本に連れて来られた。

しかし、日本の敗戦と同時に朝鮮は植民地支配から解放され、在日していた朝鮮人は怒濤の如く朝鮮半島に戻っていった。朝鮮戦争が始まる1950年には在日朝鮮人の数が55万人弱までに減った。在日朝鮮人の4分の3は朝鮮に帰ったことになる。ところがこの朝鮮戦争によって、一端は朝鮮に帰った在日朝鮮人などが、戦災を避けるために日本に再び戻って来て、在日朝鮮人の数は60万人近くになる。

これらの人々が今の「在日」という社会集団を形成していく。在日の人々は、戦争を含め何らかの理由で朝鮮に帰れなかったか、帰らなかった、帰ったが戻らざるを得なかった人々ということになる。

この戦後の混乱期の中で、在日朝鮮人は外国人登録が課せられたり、選挙権がなくなるなど徐々に「日本人」としての権利を失っていった。一方で、在日朝鮮人の中で民族教育などが盛んになっていった。

そして、サンフランシスコ平和条約発効直前の1952年4月19日、法務省人事局長通達「平和条約発効にともなう国籍及び戸籍事務の取扱について」が出され「朝鮮籍日本人」はサンフランシスコ平和条約の発効と共に日本国籍を喪失される事になった。およそ60万の在日朝鮮人が一夜にして、日本国籍を法的な変更も伴わず(憲法10条によれば、国籍は法に定める所となっている)、単なる通達で国籍喪失させられたのだった。

この時は朝鮮戦争中であり、在日朝鮮人は朝鮮半島に帰れる状況になかった。加えて国が分断され、日本国籍を喪失させられても、朝鮮という統一としての国がもう存在せず、事実上無国籍の状態になった。

通達の該当部分は以下の通り。「朝鮮および台湾は、条約の発効の日から、日本国の領土から分離することになるので、これに伴い、朝鮮人および台湾人は、内地に在住しているものを含めて、すべて日本の国籍を喪失する。もと日本人であった者でも条約発効前に朝鮮人または台湾人との婚姻、養子縁組等の身分行為により内地戸籍から除籍せられるべき事由の生じたものは、朝鮮人または台湾人であって、条約発効とともに日本の国籍を喪失する。」

日本国内に生活している被植民地の人々から何の選択権も与えず、一方的に国籍を剥奪するというのは、植民地支配をした宗主国として国際的に非難されるべき措置であった。しかし、不幸にも世の中は朝鮮戦争に目が向いており、日本の少数民族の非人道的な処遇に注目が集まらなかった。

さらに、朝鮮人と結婚をした日本人女性とその子までが、この通達一本で日本国籍を喪失させられた。日本で暮らし、日本人として生活している、血統的にも日本人といえる人々からも国籍を喪失させたのだった。こうして、この通達は在日朝鮮人のみならず、日本人をも苦しめることになった。日本国籍を一方的に喪失させられた日本人女性やその子達から、国籍確認訴訟が相次ぐ事になった。

一方、日本国籍喪失を受け入れ、朝鮮籍の夫と共に朝鮮半島に渡った日本人女性の数も多い。北朝鮮に渡った日本人女性だけでも6000人に上る。日本として、北朝鮮に対する拉致問題が極めて遺憾であるならば、日本から国籍を取り上げられ、追い出されるのと等しく朝鮮半島に渡った元日本人に対しても、親族の求めに応じた身元調査なり、国籍回復の配慮が求められる事になろう。

終戦当時、在日朝鮮人の外国人登録は「朝鮮」であった。しかし朝鮮戦争勃発と共に、国が分断され、日本が植民支配した「朝鮮」は消滅してしまった。実体としての「朝鮮」という国家は存在しなくなり、日本政府が認知する「朝鮮」は、例え日本が国家に準ずると認めても、それは単なる記号にしか過ぎなくなったのである。

こうして、在日朝鮮人は従来の「朝鮮」か「韓国」かの選択を迫られることになった。「韓国」を選んだ人々にとっては、それは実体的な国籍取得に結びついた。しかし「朝鮮」を選んだ人々にとって、それは実体的な国家ではなく、実質的な無国籍の状態を強いられる事になった。現在外国人登録に「朝鮮」とある人々には、二つの違った帰属意識を持つ人々が含まれる。一つは、あくまでも統一した朝鮮に帰属意識を持つ人々、もう一方は北朝鮮に帰属意識を持つ人々だ。

統一した朝鮮に帰属意識を持つ人々は、実質的に無国籍を強いられる。残念ながら、朝鮮(日本の併合前の国号は、大韓帝国)はもはや存在していない。北朝鮮に帰属意識を持つ人々も、北朝鮮国籍を持つ可能性がありながら、現状無国籍の状態にある。というのは日本と北朝鮮は国交がないため、北朝鮮国籍が認められないからだ。

この様に在日朝鮮人の中で朝鮮籍にあるものは、実質的に無国籍であるのだから、朝鮮籍の在日朝鮮人が日本に帰化する場合は、朝鮮籍の放棄を強要すべきではない。帰化の求めに応じて日本国籍を取得させ、将来的に朝鮮が統一され、朝鮮籍が実体を持つに至った時点で国籍選択を求めればそれに足りる。また、北朝鮮に帰属を持つ人々も、北朝鮮との国交が回復され、この人々に北朝鮮籍が付与された時点から、国籍選択を求めるべきであろう。


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