○武山小委員 自由党の武山百合子です。きょうは、いろいろとお話を伺わせていただきまして、ありがとうございます。
まず、外国を比較しまして、例えば外国人の人権を先進ヨーロッパ、アメリカなりで憲法に明記されている国はありますか。
○安念参考人 ドイツの基本法がそうであったと思いますが、ほかに、具体的に私は存じません、勉強不足で申しわけございませんが。アメリカ連邦憲法には少なくともございません。
○武山小委員 きょうはいわゆる外国人の人権というお話ですけれども、私は、長いことアメリカに住んでおりまして、永住権というものを取って住んでおりました。何が国籍を持っている者と在留している者の差かといいますと、国政の、もちろん小さな州の、市の選挙権、参政権がないということが一番大きな差なんですね。ほかには何の差もないんですね。納税の義務から、もちろん職業の選択もありますし、子供の義務教育ももちろん受けられます。
では、日本はどうかというところに入りますと、印象的に、感情論でいいますと、狭き、非常に限定された国というような印象をするんですね。ところが、アメリカは多民族国家ですから、それをどんどん受け入れて社会が構成されている。
ところが、日本は、今までの歴史上、単一民族であった。ところが、今、グローバリゼーションでどんどん外国人が入ってきている。私は、今入ってきている方々は、言葉のハンディそれから違法在留、いろいろな面で、まだ人権なんということを考えている暇もない方がかなり多いんだと思うんですね。考えて、良識のある人は、恐らく法律に触れない、そういうきちっとした身分で来られている。
ですから、これから日本に、外国人としての人権に対するいろいろな、おれたちにも人権というものがあるんだということで、問題は当然起こってくると思うんですね。そのときどうしたらいいかということを、今からやはり考えておかなければいけないと思うんです。
それから、今、国際結婚、むしろ、日本国内で外国人と結婚する女性も男性も大変ふえているんですね。そうしますと、おのずと文化が融合して、そこに新しい日本民族ができるわけですけれども、そういう中に立って、どんな人権をどう広げていったらいいか、先生の見識、所見を聞きたいと思います。
○安念参考人 人権というのは、私は、そもそも広げるようなものではないという気がいたします。
少なくとも、憲法上の権利という意味でもし人権を使うとすれば、それは、国政を進めていく上でどうしても侵害してはいけない少数のものを列挙するということになるのは当然でございます。つまり、どんなゲームのルールをつくるのもそれは国会の自由である。しかし、どんなゲームのルールにせよ、絶対に侵してはいけない禁じ手がある。しかし、絶対に侵してはいけない禁じ手である以上、それは少数である。これは一応当然のことでございまして、それを我々は経験上、例えば表現の自由とか信教の自由とかいうような形で、幾つか、多分、せいぜい両手でおさまるぐらい、そのくらいのものを列挙してきたわけでございまして、私は、基本的にそれでよろしいのだというふうに考えております。
問題は、先ほども申しましたように、外国人には憲法上の権利がないという前提に立つとしてのことでございますが、しかし実際に、共生社会あるいはグローバリゼーションの中で、外国人を文字どおり無権利にすることはできない、これは当然のことでございますので、その場合は立法によって、日本国民に相応するような権利を与えられる場面では与えるべきだという一般論が言えるだけではないかという気がいたします。
○武山小委員 今はあるかないかわかりませんけれども、アメリカなんか非常に人種差別、それは住宅を選ぶとき、それから職を選ぶとき、あらゆるところで起こっているわけですね。表向きは平等だと言われても、実際あるわけです。それは日本にも起こり得ることであるし、また現にあることでもあると思うんですね。
確かに、人間として本当に平等だといっても、感情的に、私自身、例えば肌の違う人が来たとしたら、わっと囲まれたとしたら、人間は感情ですから、やはりそれは人間として、感情というものはあるわけですね。
これからそういうものが日本でも起こって、訴えられてくることがあると思うんですね。ですから、司法の中できちっと判断というものがされていくんだと思いますけれども、その辺もやはり欧米に似た判断を日本もしていかなきゃいけないんじゃないかな、近くして遠い将来に起こり得ることではなかろうかと思うんですけれども、その辺の見解はどうでしょうか。
○安念参考人 全く御指摘のとおりと存じます。
ただ、理念や司法の場でできるだけ内外人あるいは人種差別をしないようにしようというのは、これはできないことじゃございませんけれども、結局、今武山先生御指摘のように、人間、感情の動物でございますから、感情の問題として、実際に受け入れることができるかどうか、これはまた別の問題です。
受け入れられるようになるには、結局、人間を精神的にタフにする以外方法がないのですね。つまり、異物をたくさん見る。最初は気持ちが悪い。それは、気持ち悪いと最初に思ったってちっとも構わないと思うのです。しかし、そのうちにだんだんとなれてくる。それは、机の上の勉強でわかるようなことじゃなくて、要するに異物をたくさん周りに置く、そういうことによって精神を訓練していく、つまり嫌なものに耐える練習をする、それ以外の方法はないと存じます。
○武山小委員 今日本に滞在している外国人の職種を見ておりますと、日本人がつきたくない仕事、それから本当に日本人がその職を選ばない仕事に多いわけですね。それは、どちらかというと大変な仕事、それから汚い仕事と言われているわけですね。でも、その彼らも、将来は経済的に基盤ができて、きちっとした生活基盤ができて、また家庭を持ち納税の義務も果たしというふうにどんどん成長していくと思うのですね。
そういうふうになった場合に、日本は、今異物を飲むというお話をしましたけれども、国民こぞって教育、啓蒙、非常に大事だと思うのですね。外国人を受け入れるということは、すなわち、基本的には日本人の誇りやプライドをきちっと持った上で外国人を受け入れるということだと思うのですけれども、その辺、やはり教育の中できちっと、文部科学省またあらゆるところで啓蒙活動が大事じゃないかと思いますけれども、その辺はどうでしょうか。
○安念参考人 御指摘のとおりでございますが、きちっと異物を入れて教育をしていただきたいと思います。
先生が、さあみんなで仲よくしましょうね、私は、これは全然意味がないと思うのですね。ちゃんと三割は外国人、あるいは五割は外国人、そういう中で鍛えられればおのずから、子供はフレキシビリティーがございますから、我々よりもはるかに明るい未来があるというふうに思います。私の子供を見ていてもそう思います。異物に対してはるかになれやすい。とても希望の持てることだと存じます。
○武山小委員 先日、参議院の方で、たしか外国人の方で日本国籍を取りましたツルネンマルテイさんという方が国会議員になったわけですけれども、これから日本もどんどんそういう形でふえていくのではなかろうかと思うのですね。
そうしましたら、もっともっと日本人の人権というものに対して、外国との差はなくなるのではなかろうかと思いますけれども、ヨーロッパでは、例えば人権という意味で、国内と外国との差の非常に近いところというのはどのあたりなんでしょうか。
○安念参考人 詳しく存じ上げているわけではございませんが、地方参政権はまさにそうだろうと思うのですね。外国人であっても、域内、つまりEU内の国民であれば自国の地方参政権を認めるというのがEU条約の態度だと聞いておりますので、その点はやはりヨーロッパならではのものかなと思います。
○武山小委員 日本も地方参政権の問題が出ておりまして、法律もつるされておるのですけれども、その辺は、いわゆる地方参政権、私自身は、国籍を取るための大変なハードルを低くして、取っていただきたいという考え方が基本にあるのですけれども、でも、大勢の方はそこに認めてもいいんじゃないかという意見があるのですね。先生はどうでしょうか。
○安念参考人 先ほど申し上げたかと存じますが、私は、帰化を第一選択にして、その帰化のハードルをうんと低くしていただくのが一番よいのではないかと個人的には思っております。
○武山小委員 どうもありがとうございました。